日本での美術商の起源は江戸時代に遡る
日本での美術商の起源は江戸時代に遡る。茶道具や書画骨董の知識に秀でたものが大名などに誘われ専属の美術商となったほか、書画を扱う書画屋、浮世絵を扱う浮世絵屋、その他武具や古道具を扱う道具屋などと呼ばれる者が江戸や上方その他大都市などで営業していた。
こうした道具屋には明治に入り、廃仏毀釈や廃藩置県で疲弊した寺院や大名家から流出した美術品を買い集めジャポニズムに沸く欧米へ輸出し、にわかに巨万の富を得た者もいた。こうした美術品輸出を見て、美術品の制作と輸出を外貨獲得や一等文明国家のイメージ作りに生かそうとするグループがあった。画家・彫刻家をはじめ、佐野常民や大蔵省・内務省などの官僚、輸出美術商が集まり1878年に結成された美術団体「龍池会」である。
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佐野は機関誌で、美術の奨励者(役人)・制作者(美術家)・販売者(美術商)・嗜好者(コレクターや観客)の4つが美術振興に肝要と説き、龍池会に美術商を入れた。後に宮内省や皇族の力も得て「日本美術協会」と改称される頃には多くの美術商・道具屋がメンバーに加わり同時代美術や古美術の販売を行った。ここから日本最古の美術商組織、「東京美術倶楽部」が1907年に誕生したと思われるが、その詳しい経緯は不明である。震災・戦災による資料の喪失や、戦後になって日本美術協会が皇族の力の喪失とともに弱体化したこと、龍池会に対抗してアーネスト・フェノロサや文部省官僚らが主導して革新派の美術家を集め発足した美術団体「鑑画会」が後に日本美術の主流になったことから龍池会側の関係者が忘却されたためと見られる。